千里摂理教会のメッセージ

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日本キリスト改革派 千里摂理キリスト教会の礼拝堂

2018年度の説教要約 (新しい順)

の日曜礼拝で語られた説教の要約を公開しています。

喜ばしい知らせ

ルカによる福音書 1章5節ー25節

 祭司ザカリア夫妻には、子供が与えられず、もう既に年老いていました。イスラエルの人々にとって子供が授からないというのは、それだけで神様の祝福が決定的に欠けている、ということです。ザカリア夫妻は、これ…

安息日の主

出エジプト記 20章8節-11節

安息日にいかなる仕事もしてはならないというのは、外面的に仕事を休むことが重要なのではありません。肝心なのは、心の内側において自分が何かをするという思いを捨てることです。それは何のためでしょうか。それ…

神の御名

出エジプト記 20章7節

「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない!」これが第三戒です。当時、ユダヤでは、名前が非常に重んじられていて、名前はその人の存在そのものを表す、と考えられていました。ですから、神様のお名前とい…

解放者イエス・キリスト

マルコによる福音書 5章1節-20節

今日の箇所に登場する悪霊に取り憑かれた人も、決しておとぎ話の登場人物ではありません。この人は、要するに凶暴で、手のつけられないような人でした。そして、そういう人は、今でも実際に、この社会の中に沢山い…

真実の礼拝

出エジプト記 20章4節

第二戒は「あなたはいかなる像も造ってはならない」です。「いかなる像も造ってはならない」と言っても、それは美術作品としての絵や像を造ってはならない、ということではありません。そうではなくて、神様の像を…

十戒の恵み

出エジプト記 20章2節-3節

主なる神様は、イスラエルの民を、このシナイ山に導くまでに、本当に様々な恵みの体験を味わわせて下さいました。まず神様は、奴隷の状態にあったイスラエルの民を救い出すために、彼らの指導者としてモーセを立て…

キリストの昇天

ルカによる福音書 24章44節-53節

古代人の「天」という概念は、今とは全然違います。古代の人々は、頭上に広がっている空間を、何層にも重なったものとして考えていました。その中心は大地、地球であり、その上に月や星が動く天球が覆っている。そ…

平和があるように

ルカによる福音書 24章36節-43節

 使徒パウロは、肉体の復活を否定するコリントの教会の信徒たちに向かって、このように教えました。「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(第一コリント15:2…

復活の主イエスと共に

ルカによる福音書 24章13節-32節

今日の物語で特に印象的なのは、イエス様が復活なさったその日に、復活のイエス様と一緒に歩いていた弟子たちが「暗い顔をしていた」ということです。イエス様は、そういう二人の弟子たちに近づき、「その話は何の…

キリストの復活

ルカによる福音書 24章1節-12節

アリマタヤのヨセフが用意したお墓は、岩に横穴を掘って遺体を安置する贅沢なお墓でした。安息日が迫っていたために慌ただしく葬らざるを得なかったイエス様の遺体を、丁寧に葬るために、婦人たちが墓に着いてみる…

キリストの葬り

ルカによる福音書 23章50節-56節

この頃のローマ帝国では、十字架の上で死んだ死刑囚は、見せしめのために、死んだ後も暫くそのまま、さらしものにされました。ただし家族の者がどうしてもその遺体を取り下ろしたい、遺体を引き取りたいと願い出た…

主イエスの死

ルカによる福音書 23章44節-49節

今日の箇所に登場する百人隊長というのは、ローマ軍の文字通り百人から成る軍の隊長です。彼は、イエス様の死刑執行を監督する責任者でした。彼は、職務上、イエス様の十字架上のお姿を一部始終見ていたのです。お…

罪人の救い

ルカによる福音書 23章39節-43節

イエス様が十字架につけられた時に、二人の犯罪人が一緒に十字架につけられた、と聖書には記されています。一人の犯罪人は、イエス様に助けを求めつつも、そのせっぱ詰まった思いを怒りでしか表現できませんでした…

十字架につけられた王

ルカによる福音書 23章32節-38節

『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。』これは、イエス様が十字架の上で祈られた有名なお言葉です。このイエス様のお言葉によって自分は救われた、という人が実際に多いのです。…

主イエスを殺す悲しみ

ルカによる福音書 23章26節-31節

当時の習慣として、十字架刑に処せられる死刑囚は、自分がかけられる十字架の横木を背負って、処刑場まで歩かねばなりませんでした。ところかイエス様は十字架につけられる以前に、既に瀕死の重傷を負っていて、そ…

バラバかイエスか

ルカによる福音書 23章13節-25節

今日の物語は、イエス様の十字架が「身代わりの十字架であった」ということを描いている物語です。バラバの代わりにイエス様が十字架について下さいました。それこそ壮絶な鞭で打ち叩かれ、もうボロボロになって、…

主イエスの沈黙

ルカによる福音書 23章1節-12節

ここに登場するヘロデという人は、ガリラヤの領主でした。クリスマス物語に登場するヘロデ大王の息子で、ヘロデ・アンティパスと呼ばれていた人です。このヘロデは、ピラトからイエス様が送られて来たことを非常に…

人の子の栄光

ルカによる福音書 22章63節-71節

今日の箇所には、捕らえられたイエス様が、見張りをしていた者たちに侮辱され、殴られ、罵られながら、また裁判の席で、ただ揚げ足を取ることしか考えていない者たちの前で屈辱的な尋問を受けて、もう全ての誇りが…

主イエスのまなざし

ルカによる福音書 22章54節-62節

何週間か前に、「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」というあのイエス様の預言の言葉を読みました。その時に、あのイエス様のお言葉の中に、イエス様の深い…

闇が力を振るう

ルカによる福音書 22章47節-53節

ここに登場する全ての人々が、サタンのふるいにかけられ、その苦しみの中で、神様の御心に従うよりも自分の思いや願いに従って生きようとする誘惑に陥り、その結果、恐れに支配され、お互いを傷つける者となってし…

オリーブ山の祈り

ルカによる福音書 22章39節-46節

このオリーブ山のイエス様の祈りには、イエス様の十字架の歩みがいかに壮絶なものであったかがよく現れている、と言われます。しかし、このルカによる福音書の記事においては、それよりも、むしろイエス様の弟子た…

聖霊降臨

使徒言行録 2章1-22節

五旬祭というユダヤの大きなお祭りの日に、イエス様の弟子たちがみんな一所に集まっていました。そこに突然、激しい風の音が家中に響き渡り、炎のような舌がわかれわかれになって、そこにいた一人一人の上にとどま…

神の愛

ルカによる福音書 15章11-24節

この息子は、父親が死んだ時に自分が相続することになっている遺産を前もって分けて欲しい、と願い出ました。普通なら、こんな自分勝手な願いが許されるはずはありません。ところが、この父親は、彼の望み通りに財…

罪人となった神

ルカによる福音書 20章35節-38節

イエス様は、今日の箇所においても、先週の箇所と同じように、弟子たちがこれから試練の中で陥る信仰の挫折を見つめておられます。その上でイエス様は、今日の箇所の37節のところで、「これから挫折するあなた方…

祈ってくださる主

ルカによる福音書 22章31-34節

このところ私たちは、「最後の晩餐」の記事を学び続けています。今日の箇所には、その最後の晩餐の席上でなされた、イエス様と弟子のペトロとのやり取りが記されています。 イエス様は、弟子のペトロに向かって、…

いちばん偉い者

ルカによる福音書 22章24節-30節

ここでイエス様は、偉い人、上に立つ人になることを否定するのではなくて、むしろ弟子たちがそのような者となることを前提として語っているのです。そのことと深く結びついているのが、ルカがここで弟子たちのこと…

信じる者になりなさい

ヨハネによる福音書 20章19-29節

 トマスはつい先日まではイエス様と共に死のうとまで思っていた人物です。ヨハネによる福音書だけが、このトマスの言葉のいくつかを伝えています。例えば、11章16節のところに、イエス様がエルサレムに近いベ…

最後の晩餐

ルカによる福音書 22章14-23節

イエス様は、この聖餐式において、「体」と「血」を差し出して下さいました。ではイエス様は、この「体」と「血」によって、いったい何を指し示そうとされたのでしょうか。これは、決してイエス様のお体を、二つに…

人のたくらみと神の企て

ルカによる福音書 22章1-13節

イエス様は、ご自分が過越の祭りの中で、過越の小羊として、十字架の上で屠られることを、ちゃんとご存知でした。過越の祭の食事は、みんなそれぞれ自由に食事をするのではなくて、ある特別な儀式が執り行われたの…

目を覚まして祈る

ルカによる福音書 21章29-38節

よくよく考えてみると、この人生を打ち切り、突然、イエス様の前に立つというのは、何も世の終わりの時だけではありません。私たちは死ぬ時に、皆イエス様の前に立つのです。つまり、世の終わりの備えというのは、…

終わりの日の希望

ルカによる福音書 21章27節-28節

人の子というのはイエス様のことです。そして「人の子が雲に乗ってやって来る」という表現も、旧約聖書に基づく表現です。ダニエル書7章13節のところに、「夜の幻をなお見ていると、見よ、『人の子』のような者…

忍耐して命を得る

ルカによる福音書 21章12-19節

このルカによる福音書は、ローマ帝国の厳しい迫害の中で書かれました。ですから、ここに語られているイエス様のお言葉は、これを読んだ者たちにとっては、一つ一つが本当に生々しい響きをもっていたのだと思います…

おびえてはならない

ルカによる福音書 21章5-19節

ここでイエス様は、人々が世界の終わりの前兆や徴として大騒ぎしそうな幾つかのことを取りあげながら、そういうことが起こったとしても、まだ終わりではないから慌ててはいけない、おびえてはいけない、と教えられ…

見直そう、献身への道

ローマの信徒への手紙 12章1節

ここでは、「自分のからだを献げなさい」と言われています。ここでの「からだ」というのは、心も含めて、私たちの存在全体のことを言い表しています。つまり、私たちの生き方そのものを献げなさい、と言われている…

主の前を生きる

ルカによる福音書 20章45-21章4節

ここで「生活費」と訳されている言葉は、「いのち」と翻訳してもよい言葉です。ですから、別の訳し方をすると、このやもめは「いのち」そのものを、全部、神様の前に差し出してしまった、となります。生活費は出し…

まことのメシア

ルカによる福音書 20章41-44節

人々は、自分たちの待ち望んでいる「ダビデの子」が、ユダヤ人だけではなく、ローマの人々の救い主にもなるなどとは、到底、考えてもみなかったでしょう。人々の頭にあったのは、ローマを討ち滅ぼす「政治的な救い…