日曜朝の礼拝「恐れるな」

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恐れるな

日付
説教
吉田謙 牧師
28 体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。29 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。30 あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。31 だから恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。
マタイによる福音書 10章24節-31節

 人間には、色んな恐れや不安があります。不景気の中での生活の恐れや仕事への不安、対人関係への恐れや病気への恐れ、死への恐れ、実に様々な恐れの中で私たちは生きているのです。けれども、私たちが恐れている様々な事柄は、本当に恐れるに値するものなのでしょうか。果たして、それらに私たちを滅ぼす力があるのでしょうか。イエス様は、そういう様々なものに恐れをなす私たちに対して、「そんなものを恐れる必要はない!」と言われるのです。

「あなたが恐れているものは、なるほどあなたの肉体を滅ぼすことが出来るのかもしれない。けれども、それ以上のことは出来ない。それなのに、なぜ、あなたはそのようなものを恐れるのか。あなたは、肉体も魂も滅ぼすことの出来る、永遠をつかさどるお方を恐れなさい!」このように主は言われるのです。私たちが、色んなものに恐れや不安を抱くのは、本当に恐るべきお方を恐れていないからではないでしょうか。全てのものを造り、それを保ち、統べ治められる神様。私たちの地上の人生だけではなくて、永遠に続く歩みをも支配しておられる主なる神様を畏れ敬わないならば、そこに様々な恐れや不安につけ込まれる隙が生まれてくるのです。

 旧約聖書の箴言1章7節には、こう言われています。「主を畏れることは知恵のはじめ。」と。

 私たちは、真に恐るべきお方を恐れる時に、それ以外のものに対する恐れから解放されます。これが旧約聖書が教える知恵なのです。私たちも、真に恐るべきお方を恐れることによって、この世の様々な恐れから解放されたいと思います。

 けれども、「魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」というお言葉を聞くと、「これまでよりも、もっと恐ろしい生き方になるのではないか?!」と震え上がる方も中にはいらっしゃるかもしれません。先程の29節のところに、そういう私たちを励ます御言葉があります。「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。」

 ここには、神様の私たちに対する豊かな配慮が的確に言い表されています。神様は、私たちのどんな小さなことをも知っておられます。アサリオンというのは、当時使われていたローマの銅貨で、最も小さな単位でした。「一羽ずつではなくて、2羽まとめてでしか値段がつけられないような雀にも、神様は目を留めておられる。ましてや、あなた方人間に、それ以上の配慮をして下さらないはずがないではないか。恐れるな。神様はあなた方の髪の毛一本にまで目を届かせ、完全な守りの内においていて下さるのだ!」このようにイエス様は、弟子たちに対して、神様の恵みに満ちた姿を教えられたのでした。

 人間には、どうしても人には触れられたくない心の暗闇があります。たとえそれが家族であっても、絶対にこの部分だけは知られたくない、触れられたくない、人にはそれぞれそういう心の暗闇があると思います。そういうものを全部さらけだし、心の内側も、外側に現れてくる姿も、全く変わりない。隠れている部分が一切ない。恐らくそういう人は一人もいないのではないかと思います。皆多かれ少なかれ、隠しておきたい心の暗闇があるのです。けれども、神様はそのことをも全部ご存じです。その上で、私たちの神様は、あるがままで私たちを受けとめて下さいます。この神様が、どこに行っても私たちを追いかけてきてくださるのです。自分の罪をどこまでも隠し通そうとするならば、この神様は、どこまでも追いかけてくるわけですから、本当に恐ろしい存在でありましょう。けれども、自分の罪を素直に認め、悔いている者にとっては、どんなに深い罪の嘆きの中にあっても、そこにも届いて下さり、追いかけてきて下さる。「あなたの罪は赦された!」この赦しの恵みを届けて下さるのです。誰にも打ち明けることの出来ない深い暗闇の中で、一人寂しくうずくまっていたとしても、神様はそこにも届いて下さいます。その私たちの嘆きをちゃんと知っていて下さいます。そういう私たちに寄り添いながら、共に嘆き、共に涙し、共に労苦し、共に戦って下さる。「恐れるな。私が共にいるではないか?!」と励まして下さるのです。「あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている」というのは、こういうきめ細かな配慮をして下さる神様のお姿を現しているのです。

 私たちを地獄に投げ込むことが出来る神様は、決して荒っぽい仕方で私たちを取り扱うのではありません。神様は、二羽まとめてでしか値がつけられないような一羽にさえ目を留めて下さるお方として、あるいは、私たちの髪の毛一本までも数えられるほどに私たちの全てを知り尽くしておられるお方として、私たちの死ぬ時期をも定めておられます。私たちが死ぬ時期は、決して偶然ではなくて、この神様がちゃんと定めて下さるのです。私たちは、祈り空しく死んでしまった兄弟姉妹のことを、それぞれに思い起こすことが出来ると思います。どうして、あの時に死ななければならなかったのか、私たちにはすべてのことは分かりません。けれども、神様は私たちの髪の毛一本までも全部ご存じのお方として、全てを知り尽くしておられるお方として、一人一人の天に召される時期をも定めておられます。人の目から見れば、「まだまだこれからだったのに!」と思えるのかも知れません。けれども神様は、全てを知り尽くされたお方として、最も相応しい時に、私たちを天の御許に招いて下さるのです。

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